この時期、僕は家でもよくワインを飲むようになっていました。どこの産地の、なんという銘柄を飲んでいたのか、残念ながら覚えていません。イタリア取材を機に、飲んだワインはラベルを剥がし、専用シートにコメントを添えてファイリングするということを始めたのですが、長くは続かず、ファイルもいつしかどこかに無くしてしまいました。ただひとつわかっているのは、フランスワインにはほとんど手を出していなかったということです。すでにかなりワインに親しんでいたとはいえ、フランスワインに対してはまだ敷居の高さを感じていました。敷居だけでなく、価格的にもフランスワインは高いという思い込みもありました。また、いま思うと恥ずかしいのですが、5度ばかりの渡伊でいっぱしの“イタリアかぶれ”になったつもりでいたので、ワインに限らずフランスものには敵対心を持っていたのです。
フランスワインを長らく「未踏の地」としていたことはもったいなくもありますが、一方では、それはそれで幸運だったとも思います。世界中のワインを味わい尽くすには人生は短すぎます。もっと早くからフランスワインの森へと分け入っていたら、という悔恨の思いはあります。ただ、あの時期に安易な気持ちでフランスワインにまでフィールドを広げていたら、イタリアワインとの付き合いも中途半端のままで、イタリアかフランスかどっちつかずの浅薄な飲み方になってしまっていたと思うのです。ワインを体系的に覚えていくという意味では、ある時期イタリアワインを集中的・継続的に飲んでからフランスワインの世界へと移行したのは得策だったと思います。もちろん最初から意図してそうしたわけではありませんでしたが。
フランスワインへの道が開けたのも仕事がきっかけでした。知り合いのカメラマンがボルドー取材のライター役として僕を誘ってくれたのです。2005年の収穫期、連日続くからりとした晴天の下、僕らはボルドー各地のぶどう畑や醸造所をめぐりました。収穫の摘み手たちに交じってランチを食べたり、醸造所のステンレス発酵槽のなかで酵母がぶどうの糖分をむさぼり食う音に耳を傾けたりしました。最初にイタリアワインを取材した97年は世紀のグレート・ヴィンテージと言われましたが、2005年もボルドーにとっては20年に一度と言われる良作年だったようで、こうなると僕の「晴れ男」ぶりもなかなかのものです。
ボルドーからは持てるだけたくさんのワインを持ち帰りました。その他にも現地のワインショップでセレクトしてもらったワインを20本ほど別送しました。ほとんどは日本でも捜せば見つかりそうなものばかりでしたが、現地で出会ったという「直接感」は重要で、わが家のテーブルにそれらのボトルを並べたときの愛おしさは格別でした。
それからの数ヵ月は文字通りボルドー・レッドに染まるほど毎日毎日ボルドーを飲みました(白ワインも何本かあったので、正確にはレッドにホワイトを混ぜたロゼ色に染まったと言うべきかもしれません)。イタリアワインに感じる詩情や哀切をオペラに喩えるなら、ボルドーワインの魅力はシンフォニーでしょうか。フルーツの奥に確かな土の存在を感じさせるプリミティブで包容力のある匂い。舌の味蕾の感受性を総動員して受け止めたくなるような複雑精妙な味わい。そして視覚を通してまで酔わされてしまいそうな妖艶な色合い。「墓場に近き老いらくの恋は怖るるなにもなし」の年齢にはまだ相当間がありますが、心境的にはそれに近いものがあったかもしれません。
ボルドーが名実共に世界最高のワイン産地であることに議論の余地はないでしょう。その生産量も世界トップクラスです。ボルドーには約8000軒の元詰め業者があり、毎年世に出される銘柄の数は数万ラベルに上ります。ボルドーは深く、濃く、果てしない森のようなもので、とても一人で歩き尽くせるものではありません。それでも、しかるべき「地図」と「方位磁石」さえ持っていれば、この森に分け入ることはできる、というのが自分の経験から僕が確信したことでした。「地図」とは、格付けや原産地呼称(アペラシオン)といった法的な決まり事で、それの載ったパンフレットでも持っていれば事足ります。一方、「方位磁石」とは、主要品種に関する基礎的な知識と“飲み慣れ”ということになるでしょう。ボルドーの主要品種は、赤ならカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロ、白ならソーヴィニヨン・ブランとセミヨンです。それらの品種は、ボルドーを出て世界中に広まっており、僕が最初に熱中したカリフォルニアワインにもすべて揃っていました。“飲み慣れ”というのは、ただたくさんのワインが飲めるということではなく、ある程度意識を持ってワインを味わった経験があるということを指しています。幾度かのワイナリー取材と数年にわたる家飲みによって、僕は知らず知らずのうちにテイスティングのトレーニングを積んでいました。
そうしてボルドーという森をなんとか歩けることがわかると自信が付いてきました。その自信がさらなる探検欲を引き出し、他のワイン産地も踏査してみたいと僕に思わせたのは自然な流れだったと思います。
ボルドーに比肩するもう一方の雄、ブルゴーニュを始め、コート・デュ・ローヌ、ロワール、アルザス、ラングドック、プロヴァンスと、フランス国内だけでもボルドーと飲み比べてみたい産地が綺羅星のごとく待ち受けていました。ひとたび自分のなかでフランスワインを解禁した途端に、おかしなもので、次から次に産地取材や試飲会の誘いが舞い込むようになりました。「禁断の園」への扉の鍵を外してなかに入り、そこで思いのままに遊ぶようになると、もはや自分のなかにタブーなどありません。スペイン・バルを開きたいという友人とつるんで何度もスペインワインの試飲会をしました。ニュージーランドやオーストラリア、チリは取材のチャンスに恵まれました。取材で知り合ったワインバーのソムリエに「冷涼地のワインがいい」と聞けば、ドイツやオーストリアのワインを試し……と、出会いの場は一気に世界中に広がったのでした。
冒頭でも述べたように、僕はいまほぼ毎日ワインを飲んでいます。もうこの頃はどこかひとつの産地に絞り込んで「偏愛」的に飲むということはありません。一昨日はフランス・アルザスの白にイタリア・ヴェネトの赤、昨日はボルドーの蔵出し古酒、今日は昨日のボルドーの残りと甲州種でできた国産の白ワインといった具合です。こうして並べると、ずいぶん豪華なラインナップに見えるかもしれませんが、ワインはすべて2000円台の求めやすいものばかりです。ワインと親密になってからは、家にいても、毎日が旅のようです。グラスを傾けるたびごとに新たな発見があり、感興があります。
何かを毎日続けることの効用は、次第に無駄が省かれて合理的なシステムが残ることです。それは、肥えた人が運動を続け、贅肉を減らして心身ともにスッキリするのと似ています。僕の場合、毎日ワインを飲み続けることで、ワインと上手に付き合うための合理的ないシステム(=方法論)ができてきた気がしています。次章ではそれをご紹介したいと思います。

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